2016年07月04日

覚悟はしていたけれど、やっぱり、別れは突然でした。

あれからもう2週間が経ちます。

愛猫ベガは、2016年6月20日午前7時24分に
やすらかに天国に旅立ちました。
享年22歳、人間だったら100歳越えの大往生。
生後半年で拾ったので
私は彼女と21年半にわたって
生活を共にしてきました。

17日の金曜日の晩に仕事から戻ってみたら
ご飯を食べておらず、様子がおかしかったのです。
抱っこして撫でてやるとゴロゴロと喉を鳴らしますが
なんだか元気がありません。
翌朝、少しご飯は食べてくれたけれど
やっぱりクタッとしてしまう。
病院に電話して状況を説明し
連れて行って点滴を打ってもらいました。
この時の体重は、僅か1.14キロ。
その半月前は1.4キロだったので、
あまりの急激な減少はさすがにショックでした。

もう危ないかもしれないと思った私は
徒歩ですぐの距離にある実家にベガを連れて行きました。
亡くなる前日、日曜日の午後のことです。
ペットサークルの中に入れてやり、様子を見ていましたが
やはりぐったりして寝てばかりいます。
でも、スプーンですくって鼻先に流動食を持っていくと
私の手を噛みつかんばかりの勢いで食べてくれました。
そしてそうやって食べさせていたら、1袋を完食してくれたのです。
もしかしたら元気になってくれるかも・・・と
その時私は本気でそう思いました。

でも、翌20日の朝が来てしまいました。
前日の晩は実家の部屋で一緒に眠り、
翌朝6時過ぎにちょっと自宅に戻った数十分の間に
ベガは行ってしまったのです。
月曜日の朝だったから、仕事に差し支えないように
就業前にと気を使ってくれたのでしょうか。
私がショックを受けないように、出掛けるのを見計らったのでしょうか。
「ちょっと行ってくるからいい子にしていてね」と
いつものように声を掛けて撫でてやったのが最後の別れでした。

幸い、母が傍についていてくれたので
最期の様子は聞くことができました。
とつぜん四肢をきゅうーーーっと伸ばして
首をゆっくりと反らした後に
頭がかくんと落ちて
フッと静かに息を引き取ったそうです。
苦しむことはなかったので、老衰だったと思います。

3年前のクリスマス頃から、もう年齢的に
何があってもおかしくないとずっと言われながら
2年半頑張り続けてくれたベガ。
ここ1年程は老化の進みがさらに早まり、
攻撃的になってひどく噛みつかれたり、
グルーミングをしなくなったり、
排泄のたびに粗相を繰り返したり、
問題行動がどんどん重なって
私も頭にきてベガを責めたり叩いてしまったり。
あの子を責めるべきではなかったな、と今は思います。
自分の心に余裕がなかったことが原因だったのに。

それでもベガは毎日ご飯を催促し、
よく食べてくれたし、お薬もちゃんと飲んでくれた。
私の帰りが遅いと不安だったようで部屋が散らかっていて、
帰宅すると安心した顔で出迎えてくれた。

毎月の病院通いや毎日の投薬、朝昼晩の給餌、
そして日に何度も汚れた床を掃除し、洗濯をし、
傲慢にも私は彼女の「面倒を見てやってる」と思っていました。
ところが、ベガがいなくなった今、私はイヤというほど
思い知らされることになりました。
実は、私の方がベガに支えられていたんだと・・・。
はかりしれない喪失感の中で、
私は一人きりの部屋で
こみあげてくる嗚咽を押さえきれませんでした。

でも、それでも生活は続く。

22年ぶりにリアル猫がいない生活が始まり
なんだか違和感が消えませんが
ベガの世話をしていたはずの時間に
さらに仕事をしてしまうので
忙しさが何ら緩和されないことだけはよく判りました。

一方、いまや時間と空間の制約から解放されたベガは
身軽なエア猫になり、どこに行くにもついてきて
私の周りを元気に飛び跳ねています(たぶん)。

しばらくはあえてこの違和感と向き合って
今までスルーしてきたこともちゃんと見つめながら
自分の人生を考えたいとおもっています。
ベガが、私にそういう時間をくれたんだと思う。

だから、もう少し、猫についての考察は
ブログでも続く予定です。
posted by masako at 22:22| Comment(0) | TrackBack(0) |
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